偶然：寝不足で撃沈、イエローキッド：残念

映画

キェシロフスキ「偶然」


仕事が忙しく、火・水・木と終電帰りが続いた。三日間も映画を観ないのはしばらくなかったので、この日は早く帰れるのがもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。ところがしばらくろくに寝てなかったせいで、キェシロフスキの激しい静けさにあっさり撃沈。生まれて初めて映画を9割方寝てしまった。\1100どぼん。話の内容がまったくわからず終い。

まあいいさ、次は期待のイエローキッドだ。よく寝たおかげでがっつり集中できる。と、まだうきうきしてた。

「イエローキッド」（監督：真利子哲也）

やはり月曜と同様、満席で劇場内は通路に座る人で溢れ返っている。しかし何か普段ユーロスペースに来なさそう女性客が多い。ちょっと嫌な予感。で、なぜ客が多いかというと、上映後の関係者による舞台挨拶でわかった。しょーもないやつが混ざってる。遠藤要とかいう若い俳優だ。こいつ目当ての客が多かったというオチ。監督以上にべらべらとしゃべりやがってひどくむかついて帰ることになった。舞台挨拶で気分が悪くなるなんて滅多にないのになーちくしょう。映画自体の評価まで狂ってきそうだ。


とはいえ、フェアな評価をしても、これは残念な映画だといわざるを得ない。演出が輝く瞬間はたくさんある。しかし長編にするべきではなかっただろう。なぜ間延びさせてまで110分近い長編にしたのか。事情があるのだろうが、せっかくいいところがいっぱいあるのに無残な形を与えられて可哀想な映画だと思う。


短編なら瞬間的な輝きだけで押し切れたのを、だらだらと長編にしたせいで人物像のいい加減さが集中力を奪う結果になってしまっている。そのせいで、中盤以降、空気感が安定しない。部屋を出て商店街を歩くシーンは息が止まるくらい輝いているのに、人物としての説得力が無さ過ぎる。後半、痴呆まで使って時間をかせいだりしているからもう少し短くした方がすっきりするのは確実。あと、ずっと使われているジャズの音。オープニングかっこいいけど、後半で説明不足を補うためだけに鳴るピアノが寒い。


しかし、長編にしたのだけが問題ではないな。よく考えてみれば、人物で安定していないのは主人公（遠藤要）だけじゃないか。そこだ。ボクシングジム会長（でんでん）が突出して存在感があり、岩瀬亮はさすがに舞台俳優（ポツドールとか、こないだはハイバイで客演）なだけあって一本筋の通った演技をしているし、町田マリーも波岡一喜もへんなキャラできっちり外堀を埋めている。けれども、どれも良い悪いではなく一本調子な芝居しかさせていない。ということは俳優への演出が行き届いていない可能性だって残っている。唯一大きく人間として変容する主人公が成立していないのが根本的な欠陥だ。俳優の未熟さか演出の不行き届きか、どっちだ。


いいところはたくさんある。オープニングかっこいいし、二階で主人公が電線を触ろうとして触らないのとか、バイト先の店長をいきなり攻撃するのとかいい。強いやつ（波岡一喜）の最初の切れっぷりが半端ないし、漫画家の部屋がかなりおしゃれで、公衆トイレのくだりの情けなさとかすごく好きだ。夕方の商店街のシーンがとてつもなく輝いているのに説得力がまったく無いのが本当に残念でならない。


「イエローキッド」 HD / 111min.
▼STORY
田村は祖母と二人で暮らしている。仕事もクビになり、通っているボクシングジムの友人とともに当たり屋などを過ごしている。漫画家の服部は高校時代の馴染みで元ボクシング世界チャンピオンの三国を取材するため、ボクシングジムへ訪れる。以前から服部の漫画に思い入れのあった田村は服部の存在が気にかかる。ある日、服部が田村をモデルに漫画のキャラクターを描いたことから、田村は日常を変化させようと行動し始める・・・。
▼COMMENTARY
芸大入学前から充分にキャリアを積み重ねてきた真利子哲也が、自己の総決算として一世一代の大勝負に打って出た作品である。ボクサー志望の田村（遠藤要）と「イエローキッド」を題材に取った漫画家服部（岩瀬亮）を軸に展開するのだが、一時も眼を離すのを許さない凝縮した持続があまりにも見事である。キャスティングも完璧。二階の自室の窓から芯が剥き出た電線を握り締める田村の姿にはじまり、胸を打つディテールが頻出する。彼を苛める先輩のいるボクシングジムの描写も緻密だし、元世界チャンピオンと同棲する元彼女のアパートに侵入する服部の屈折した心情にも泣けてくる。服部が田村をモデルに「イエローキッド」の続篇を描き出し、漫画の世界が同時進行していくポップな魅力も炸裂する。現時点での芸大作品中の最高作といっていいだろう。
▼STAFF
監督・脚本： 真利子哲也
撮影監督： 青木 穣 録音： 金地宏晃 美術： 保泉綾子
漫画： 大脇勇亮・川崎秀和 音楽： 鈴木宏志・大口俊輔
編集： 平田竜馬 製作： 原 尭志
▼CAST
出演： 遠藤 要 岩瀬 亮 町田マリー 波岡一喜 玉井英棋